打出合戦(うちでがっせん)のあと

阪神打出駅を北へ国道2号線まで上がり、東へ200メートルほど行った所の北側に合戦の碑が建っています。このあたりは、古くから京都を守る西方の要地として、また大阪や京都の道路の分かれ道として交通上の重要な地点でした。従って、この地を舞台とした戦いも数多く行われました。 この戦いの記念の碑は今から約650年ほど前に楠木正成(くすのきまさしげ)という人が足利尊氏(あしかがたかうじ)と打出や西宮で戦った事を記念して約60年ほど前に地元の人々によって建てられたものです。